要約
- rḫ /reḫ/ はエジプト語の中核的動詞で、「知る、精通している、認識する」を意味し、その名詞形 rḫ は「知る者、賢者」を意味する。
- 儀礼文書では、見出しにおいて一貫してこの語が前面に出され、「ペーの魂を知るための呪文」や「ラーの創造物を知る書」といった題名が付けられる。
- 神殿の文書管理者である「生命の館の書記」は、まさにこの特権的な rḫ-知 を管理したがゆえにその称号を持った。
- 朗誦祭司(ẖrj-ḥꜣb)は、その知を公的に演じる者であり、後期エジプト語では彼らの称号が短縮されて単に「魔術師」を意味するようになる。
- 女性形 rekhet(「知る女」)は魔術パピルスに賢い女治療師として現れ、rḫ が公式の典礼と民間魔術の双方を支えていることを示す。
1 • 語そのもの#
| Egyptian | Transliteration | Core senses | Determinatives |
|---|---|---|---|
| 𓂋𓄡 | rḫ (/reḫ/) | 知る、学ぶ、認識する | パピルス巻物 📜(「文書/知識」) |
文法的には静態(「私は知っている」)、使役(「私は知らせる」)として機能し、さらに名詞を派生させる:
- rḫ – 「賢者、学者」
- rḫ-w – 集合的に「学識ある者たち」
- rekhet – 文字通り「知る女」、賢女/魔女
- Rekhy(t) 𓅛 – 「(王を)知る民」を表すタヒバリ(ケリマス)鳥の図像 ― のちには守護神となる。
2 • 典礼の前付け:r n rḫ X#
中王国期以降、葬祭および神殿の典礼文書は、章全体に r n rḫ ⟨主題⟩ 「⟨主題⟩を知るための呪文」という定型句で見出しを付ける。
例:
| Corpus | Spell‑heading (transl.) | Function |
|---|---|---|
| 棺文 157 | 「ペーの力を知るための呪文」 | 死者にペーの神々の名を授ける |
| CT 759 | 「ラーの道を知るための呪文」 | 魂のための星界地図 |
| 死者の書 64 | 「昼に出現するための呪文を一つの呪文のうちに知るための呪文」(メタ呪文!)﹣書記自身による索引 | |
| P. Bremner–Rhind | 「ラーの創造物を知る書およびアポピスを倒す書」 | 宇宙を更新するための神殿儀礼 |
見出しが重要である理由: エジプト魔術においては、名指すことによって行為する。神、門番、秘名を知ることは、それを支配することに等しい。
3 • rḫ の制度的管理者たち
3.1 Per‑Ankh(生命の館)#
神殿複合体には、図書館兼写字室として機能する pr‑ʿnḫ(生命の館) が置かれていた。「生命の館の書記」や「生命の館におけるラー=アトゥムの神の父」といった称号は、儀礼パピルスや医術書を筆写した知識人を指す。
3.2 朗誦祭司#
ẖrj‑ḥꜣb ḥrj‑tp ― すなわち「首席朗誦祭司」は、文字通り「儀礼書を携える者」である。公的儀礼、私的な悪霊祓い、王の即位式のすべてが、彼による権威ある朗誦を必要とした。後期デモティックではこの称号が ḥrj‑tp = 「魔術師」 に短縮され、「文書を知ること」と「力を行使すること」との同一性が強調される。
3.3 賢女(rekhet)#
魔術ハンドブック(例:P. Leiden I 348)には、出産や夢判断のための「その儀礼を知る」rḫ‑t が言及されており、神殿の外で用いられる rḫ の反響が見られる。
4 • 儀礼の場面#
- 門番の名指し – 『門の書』『洞窟の書』では、死者は各門ごとに「おお守護者よ、私はお前の名を知る!」と宣言しなければならず、この挑戦のたびに動詞 rḫ が打ち鳴らされる。
- 太陽神秘儀礼 – ブレンナー=リンド・パピルスの連続儀礼では、祭司たちは「ラーの四肢の知識」を復唱して、毎夜アポピスを討つ。
- 医療魔術 – エーベルス・パピルスの諸章には「医師たちの秘められた知識」(sštꜣ n swnw rḫ)と記され、経験的治療と聖なるグノーシスが融合している。
5 • 「知ること」の神学#
書記の守護神トトは、「自らを知る大いなる者」や rḫ‑ỉḫy「学者‐魔術師」 といった二つ名を持つ。後期の神殿讃歌では、彼は「その知識によって神々が生きるラーの心臓」と呼ばれる。
エジプト人にとって rḫ は決して受動的なデータではなく、マアトを支える行為遂行的な力(ヘカ)である。ゆえに「効力を持つ」あらゆる儀礼は、まず rḫ として枠づけられねばならない。
FAQ#
Q 1. rḫ は「呪文」を意味する語 (rꜣ) と同じなのか?
A. いいえ。rꜣ は「発話」(文字通りには「口」)を意味し、rḫ は「知識」である。多くの見出しは両方を並記し、「r n rḫ X, rꜣ n Y」—「X を知るための呪文、Y のための発話」とする。
Q 2. 普通のエジプト人も rḫ-文書にアクセスできたのか?
A. ほとんどできなかった。筆写のコストのため、完全なパピルスはエリート層に限られた。しかし、短い「名を知る」護符呪文がアミュレットに刻まれ、非書記層も同じ原理を利用できた。
Q 3. タヒバリ鳥の神レクヒュト(Rekhyt)は rḫ と関係があるのか?
A. ある。その名は「(王を)知る者たち」という語呂合わせになっている。図像的には、この鳥は王を賛美して跪く姿で描かれ、忠誠的な知を体現している。
参考文献#
- Wiktionary, s.v. rḫ.
- Ancient Egyptian Magic and Witchcraft in the West, Cambridge Histories Online.
- UCL Digital Egypt. “The House of Life.”
- Wikipedia. “Lector Priest.”
- Oxford Handbook of the Egyptian Book of the Dead § BD 64.
- P. Bremner–Rhind, Book of Knowing the Creations of Ra (26,21 ff.).
- Brill, Letters to the Dead 4: Literacy in the Afterlife.
- Butler, Opening the Way of Writing: The Book of Thoth.
- EgyptToursPortal, “Magic in Ancient Egypt.”